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2015年12月16日

違法なメール

最近違法なメールが頻繁に携帯電話とパソコンに入ります。
聞いてみると野放し。
ビラの類もそうです。やりっぱなし。課題はそれらの情報を信じる人が一部居る事です。
やる方には確信の悪意が有るわけでどうしようもない。
法整備が必要です。

・主な出来事(門 日誌)
・市内視察

・日本国生みの会例会。Hニューアワジ。
日本国生みの会例会挨拶概要。                                           1淡路島歴史の流れ
(1)物理的変化
1985年昭和60年(30年前)大鳴門橋架橋  (6月8日)
1998年平成10年(17年前)明石海峡大橋架橋(4月5日)
(2)生活の変化
1961年平成36年(54年前)昭和の大合併 1市10町
2005年平成17年(10年前)平成の大合併 3市
(3)積み上げてきた実績等
2002年平成14年(13年前)公的な淡路島1市運動休止
2008年平成20年( 7年前)福谷弘先生(洲本市本町)洲本学・津名学・三原学
   津名学に「津名こそ島の表象、今こそ、地域創り、地域経営が期待されている。淡路市の使命とは淡路島の未来の創生であり、島の将来は淡路市の双肩にかかっている」
2012年平成24年( 3年前)淡路市calendar「淡路島を世界遺産に」・文化遺産
2014年平成26年( 1年前)「鳴門の渦潮を世界遺産に」      ・自然遺産
2015年平成27年     「日本遺産Japan Heritage」地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化伝統を語るストーリーを認定する。「丹波篠山デカンショ節」は認定
「日本のはじまりの地淡路島」落選。「三市が連携しなければ物語は完結しない」
2015年平成27年3月    淡路市歴史文化基本構想 策定

2淡路市の今年一年
合併10年の検証も、一定の評価を得ました。式典も、手作り、市民参加で身の丈に合ったものと賛同を得られました。私の今年の記憶に残った主な事柄を選びました。
 1月  兵庫ディオーネ 誘致
     阪神淡路大震災20年事業
 3月 淡路市立津名中学野球部全国大会初出場
    淡路花博2015(3.21~5.31)
 4月 女性消防団員誕生(定員30人)26人しずかファイヤーズ。総務大臣表彰
    原哲明県議3選目
5月 総合教育会議開催(新教育長制度スタート)
 7月 東京アンテナショップ開設(佐渡島との連携、淡路市東京事務所開設)
 8月 2日まりん・あわじ号就航式
    プライミクス㈱淡路島本社竣工他、イレブン、カグラ、大谷鉄工等企業誘致推進
    舟木遺跡調査(国生み研究プロジェクト)銅から鉄器文化の物語
9月 金村守雄副市長、廣田利幸教育長就任
11月 淡路市制10周年記念式典
    ふるさと納税約8億円累計突破
    3D・VRシミュレーション・コンテスト(夢舞台企業誘致PR)ノミネート賞
    審査員特別賞受賞
*各種計画の策定(環境基本計画、地域創生総合戦略・人口ビジョン、都市計画マスタープランなど)
(12月 手話言語条例提案説明を手話を交えて説明)

これらから見えてくるのは、1が節目の年(合併10年、阪神淡路20年、花博15年、県議会・副市長、新制度の教育長就任)、2が企業等の誘致加速(ディオーネ、夢舞台4社等)、3がスピード感有る積極的な事業展開(女性消防団、アンテナショップ、まりん・あわじ、舟木遺跡、ふるさと納税)でした。
個人的には、京都大学大学院公民連携講座の講演。構想日本フォーラムへのパネラー参加。
これらの他にも多くの先導的施策を、積極的に推進してきました。座して死を待つより、動いて花を咲かせよう、というところです。

3平成の大合併とは

合併特例法の改正により、1999年平成11年度から2009年平成21年度までに、行財政基盤確立などを目的にすすめられた、全国的市町村合併。
3,232の市町村数は、1,727と1,505減(53.4%)となった。

合併による課題は当然有ります。
昭和の大合併の課題を今でも引きずっている淡路市地域、市の運営を確保するための役所のスリム化は、財政基盤強化と行政の効率化に繋がり、一方、旧町地域は、比較と年次更新による過疎化が見られ、前者は市民に見えにくく、後者は見えやすい。

淡路市の合併はマイナスからの出発であり、国が示した15年の期間の中で、身の丈に合った市政運営を確立することでした。前から言っているように、合併特例債という所謂「飴」は、他山の石に見るごとく諸刃の剣であり、運用を誤ると後世に禍根を残します。

淡路市の合併10年の検証の根幹は、1は、マスコミ等で今でも揶揄されている昭和の大合併・飛び地の轍を踏まないこと。これは当初から懸念されていた地形の課題を克服するための一体感の醸成。
2は、身の丈に合った市政運営を確立するための財政基盤の正常化でした。これは、市民全体の不公平感の解消で、公平公正な行政の執行に繋げるためであり、先人の轍を踏まないことでした。
3は、未来に対する布石であり、企業誘致、工夫有る教育環境の整備、そして市民全体の行政サービスの質の向上を目指し、先導して活動することでした。

身の丈に合った、市民参加型の淡路市合併10周年記念式典の評価が、これらの総合的な蓄積としてあった事で、達成しえたと自負しています。

4夢
公共交通の確保(淡路地域創り懇話会・知事への)提案
 大阪湾ベイエリア地域の連携と交流を深める事を目的として、1992年平成4年に、紀淡連絡道路実現期成同盟が、大阪、兵庫、和歌山の関係23市町で結成され活動等しています。
紀淡連絡道路は、紀淡海峡(11㎞)を横断し、和歌山市と洲本市を結ぶ全長約40㎞の幹線道路で、紀淡海峡には明石海峡大橋(中央支間長1,991m)を上回る、世界最大級の吊橋となる紀淡海峡大橋(中央支間長2,100~2,500m)が架橋される計画になっています。
 2008年平成20年に閣議決定された国土形成計画(全国計画)によって長期的視点から取り組むとされています。
 関空計画の挫折により、消えてしまった淡路島を通る、四国新幹線計画の復活は、この紀淡連絡道路にかかっています。
 おそらく日本の島で新幹線の駅が出来る可能性が有るのは、淡路島だけと思います。四国にとりましても、直接京阪神に繋がる新幹線は、夢の復活です。
 淡路島としても、1889年明治22年、香川県の大久保県会議員さんが、讃岐鉄道開通式の挨拶で本四架橋を提唱されて、今が在る事の恩返しにもなります。
 今後共、この夢のプロジェクトの推進にご配意をお願いしたい。

 *関空航路のインバウンド。定住自立圏構想中心市の洲本市との連携。

・危機管理部忘年会。晶。
  一致結束して、淡路市の危機管理を担っています。

・兵庫文化交流の集い。Hオークラ。上野理事。