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2026年07月29日
無名抄
宮沢賢治や中原中也の詩は、多くの方の記憶に有ります。
しかし、無名の、名もなき詩人の詩は、ほぼ忘れ去られます。
いけない事では有りません。ある意味当然の事なのでしょう。
私の場合、先輩の「八月になると」と、同輩の「紙飛行機」が記憶に残っています。
理由は、その題名の一行だけで詩になるからです。
それらの事を知る方々は、ほぼ去りました。
さて、「この人有望」と言われてほぼ半世紀。
責務として、この現状をどう打破しなければならないのか?
酷暑といわれる夏、冷房に頼らず、大和魂だけではどうにもならないと思ってはいますが?