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2020年07月04日

書く意味

生と死

「何を、何の為に書くのか」
「何の為」が目的であるとしたら、「何を」は目標。
自分自身の存在証明の為に、小説を書く。19歳の時の覚悟が今に続いている。

色々な目標を整理していきながら、残された人生を生きる。
人生をやり直すことは出来ないが、生き方を変える事は出来る。
今更小説を書く意味を問うよりは、まず、書いてみよう。

1生と死
生とは不条理であり、死は永遠の謎である。
今、生きている自分は何者なのか?
如何なる生も、死というもので永遠の無に帰するのであれば、その生に意味が有るのか?
ただ、生きている時に考える自分と、死後の世界で考えてくれる他者の実存は分かる。

生まれてくる前の無の意味も又、不可思議な存在である。
永遠の無から生まれて生のひと時、そして永遠の無に帰する。
人類はその不条理を解決するために、神を誕生させた。
しかし、無から生まれた神にその不条理を解決できる能力は無い。

であるとしたら、どうすればよいのか?
まずは、体を整えよう。身だしなみを整えよう。環境を整えよう。
そして、自分自身の意識の中に、自分が信じるものを整えよう。
例えば、勇敢な米国海兵隊の一兵卒に身を委ねてみよう。

人が人として動物と違うところは、自分で死を選ぶことが出来る事。
老いてきた身に止めを刺すことが出来るのは自分自身でしかない。
思い出を感じることが出来るのは生きているから?
しかし、その生に永遠の不条理が有るとしたら、思い出も又、無存在のはずとなる。

2仲間、群像

3時代、景色

・主な出来事(門 日誌)
・市内視察

・第69回社会を明るくする運動淡路市推進大会。中止